祖谷のかずら橋
歴史シラクチカズラを編んで架けた長さ45mの吊橋。日本三奇橋のひとつ。
平家の落人が追手から逃れるため、いつでも切り落とせる蔓の橋にしたと伝わる。数年ごとに地元の手で架け替えられる。
雲の上に、平家の風。
日本三大秘境のひとつ。深いV字谷の斜面に張りつくように集落が連なり、「ソラ」と呼ばれる天空の暮らしが今も息づく。かずら橋を渡る風は、八百年前の落人たちの記憶を運んでくる。
寿永4年(1185)〜
祖谷には、屋島の合戦に敗れた平国盛の一行が、安徳天皇を奉じて平家再興を願いながら隠れ住んだという伝説が残る。壇ノ浦で入水したのは影武者で、幼帝は阿讃の山脈を越えて祖谷の深い谷へたどり着いた——そう語り継ぐ家々が、今もこの谷にはある。
谷のあちこちに平家の赤旗、平家の墓、鉾杉といった伝承の史跡が点在し、集落の暮らしそのものが「生きた伝説」として続いてきた。
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起源は諸説
野生のシラクチカズラを編んで架けた吊橋・祖谷のかずら橋は、日本三奇橋に数えられる。追手が迫ればいつでも切り落とせるように蔓で架けたという平家伝説と、弘法大師が困っている村人のために架けたという説が伝わる。
現在も数年ごとに地元の手で架け替えられ、歩くたびに足元の隙間から祖谷川がのぞく「揺れる橋」の体験は、この谷の暮らしの記憶をそのまま伝えている。
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江戸中期〜/2005年
祖谷では標高の高い山腹の集落を「ソラ」と呼ぶ。東祖谷の落合集落は高低差約390メートルの急斜面に、江戸中期から昭和初期の民家と手積みの石垣、畑が連なり、谷底の国道からはその全容を見ることができない。
平成17年(2005)、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。向かいの中上集落の展望所から眺める落合は、日本の山村の原風景と呼ぶにふさわしい。
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1973年〜
1973年、ある東洋文化研究者(Bさん)が東祖谷の茅葺き古民家を手に入れ「篪庵(ちいおり)」と名づけた。以来半世紀、古民家の修復と滞在型観光の仕組みづくりが続き、落合集落の茅葺き民家群は一棟貸しの宿として再生されている。
「量より質」の地域再生のモデルとして、祖谷は国内外から注目を集め続けている。
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シラクチカズラを編んで架けた長さ45mの吊橋。日本三奇橋のひとつ。
平家の落人が追手から逃れるため、いつでも切り落とせる蔓の橋にしたと伝わる。数年ごとに地元の手で架け替えられる。
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